時間は少し戻りかなみたちが別の廊下へと向かって歩いていった後、敦たちも二階の探索に行く
事になった。
敦を先頭に姫サツキ、そして最後に信頼の順番で赤い絨毯が綺麗に敷かれている階段を上って行く。
この階段は玄関の前にあるからかとても大きく見栄えもよかったが少し段数が多く上るのがやや面倒
くさい。しかし誰も文句ひとつ言うことなく階段を上っていた。その時。
信頼は階段を踏み外し転びそうになると前にいたサツキがそれに気がつき慌てて信頼の身体を支える
為に手を伸ばした。
「信頼くん!」
サツキの手が信頼に届き信頼の身体は下へ落ちることはなく二人は息を吐き信頼は体制を整えると軽く
お辞儀をした。
「大丈夫…?信頼、くん…気を、つけて、ね…?」
サツキは胸を撫で下ろし安心したという表情を見せるとすぐに笑顔になる。
信頼はもう一度お辞儀をした後すぐにスマホで文字を打ち「ありがとうございます」とサツキに画面越しに
お礼を言った。
「大丈夫かい?信頼くん」
少し前に進んでいた敦が振り返り信頼たちに声をかけるとサツキが返す。
「だ、い丈夫…みたい、です」
「よかった。もし怪我とか痛いところが出てきたら言ってね軽い手当位ならオレが出来るから」
敦はそう言い笑う。
信頼は敦に向かって小さくお辞儀をするとそれを見ていた姫は一人で先に階段を登り切り階段上で信頼
たちを見下ろしながら口を開く。
「だっせ、早くしろし」
信頼は急ぎ足になりながら階段を再び上り始める。
「慌てたらまた転ぶかもしれないから慌てなくていいよ」
敦は信頼に声をかけた後すぐに階段を上り始めあっという間に上り切ってしまう。
サツキは信頼のスピードに合わせてゆっくり上り二人が登り切ると姫が「おっせー」と
小さく言った。
「ご、めん、ね…姫ちゃん」
サツキがに目に謝罪する。
「別にキレてねーからいい」
姫はそっけなく返すと敦が笑い姫は「なに?」と聞くと敦は返す。
「いや…若いっていいねって」
「敦、さんは、若く、ないん、です、か?」
「え!わ、若いよ!世間的に言えばまだまだ全然若者!」
「つまりおじさんね」
「お、おじさん!姫ちゃんそれは酷いよ!お兄さんがいいな!」
「おじさん」
「ひめちゃーん!」
軽いコントの様なやり取りを見て信頼も小さく笑うとそれにサツキが反応する。
「あ、信頼くん、笑うと、素敵、だね」
サツキの突然の言葉に思わず顔が熱くなるのを感じながら信頼は手で頬を冷やそうとするが肝心の手も
暑くあまり意味がなかった。
「ふふ、信頼くん、照れてるの…かわいい、な」
サツキは楽しげに笑っていると姫が口を出す。
「イチャイチャするなら庭でやれば?あそこよさげだし」
「い、ちゃいちゃ、なんて…そんな…」
満更でもなさそうに照れながら笑うサツキ。そこに敦が割って入った。
「そーろそろいいかい?この洋館を探検しよう」
敦が右側の通路を指さすとそちらの方へ歩いていく。
信頼たちも遅れないようにと敦についていく。
しばらく進むと通路は右へ曲がり沢山の部屋へと続く扉が姿を現す。
「じゃあ手前の部屋から順々に見て行こうか」
敦の言葉に全員同意をすると敦は手前の部屋の扉のドアノブを捻り扉を開く。
部屋は客間らしく小さなテーブルとソファと戸棚とポールハンガーがあるだけの部屋だった。
敦はポケットから手帳とボールペンを取り出すと何かを書き始める。
「おじさんなに書いてんの?」
姫が敦に質問すると敦は返す。
「地図作ろうと思ってね。まあ簡単な物だけど」
「なら書いてる間ウチ中見ていい?」
「いいけど信頼くんも一緒でいいかい?女の子一人で何かあったら大変だから」
いいよね?と敦は信頼に確認を取ると信頼は小さくうなずき姫の側に寄る。
サツキも後ろからついて来ると口を動かす。
「信頼くんには、わたし、が、いないと…ね?」
「え、オレひとりぼっち?」
「ふふふ、ごめん、なさい」
そういいサツキは信頼の横に立つ。
姫は戸棚の中を確認するが何も入っておらず小さく「つまんね」とつぶやいた。
「なんもなかった」
姫が敦に言うと丁度メモし終わったらしい敦が返事をする。
「じゃあ次の部屋に行っちゃおう」
わかったと姫は返事を返し部屋を出ると信頼たちも続けて部屋を出る。
次の部屋の扉を開くとまた同じような部屋で先ほどと同じ行動を各自が行う。
しかしこれと言って何かあったわけではなく次の部屋へと進むことになった。
次の部屋の扉を開くと今までとは違う部屋だった。
奥に机と椅子、他は全て本が沢山収納されている本棚しかない部屋、書斎だった。
「書斎みたいだね」
敦がつぶやくといつもの流れ作業のメモを取り始めると姫が最初に中に入り適当な本棚から本を取り出し
て表紙を読み上げた。
「家庭菜園初心者講座二巻…家庭科かよ」
「ふふ、家庭科、懐か、しい、ふふ」
サツキが口を挟むと姫はそれに反応した。
「は?眼鏡学校行ってね―の?」
姫の質問にサツキは一瞬体を震わせるがすぐに笑顔になり答える。
「前は、行ってた、の、今は…少し、予定が、あって、行けてない、かな、わたし、こう、見えて、
忙しい、んだ、よ」
「こう見えてってなんだし、ただのロリータじゃん」
「ろり?この、お洋服、そう、いうんだね」
「知らないで着てたの?意味不…」
姫は取り出した本を元の場所に戻すと別の本を引き抜き再び読み上げる。
「こっちはプラモの塗り方…?男子が住んでんのここ?」
姫は再び本を棚に戻すと敦らの元へと戻る。
「じゃあもう少しここは調べようか」
敦の言葉に姫は「わかった」と返すと再び適当な本棚の前に移動し本を漁る。
敦も中に入り適当な本棚の前に向かうとサツキが信頼に声をかける。
「わたし、たちも、中、入ろ、っか?」
サツキの言葉にうなずいて返事を返すと信頼はサツキと共に書斎に入り他の人と同じように適当な本棚の
前に立つ。サツキは信頼の横で別の本棚を眺めている。
「現代黒魔術…四千五百円…この中身なら千二百円くらいじゃないかい?ぼったくりだなあ」
敦の独り言にサツキは笑う。
「黒魔術、魔法って、こと、ですよね?魔法、なら、優しい、魔法が、いい、な」
「そうだねえ」
サツキと敦のやり取りをBGMに信頼も駅頭な本を手に取り表紙を見てみる。
そこに書かれていたのは『いじめ』というタイトルの児童書だった。
そこにいるのはネクタイを雑に着用した少年。
その少年はトイレの中で水を浴び服が湿る程濡れて床に倒れている。
信頼はそれをトイレの個室から覗いていた。
これは学生の頃の記憶。
床に倒れている少年の名前は弘人〔ヒロト〕。
弘人は床に倒れながらも目の前に立ち見下ろしてくる少女を睨みつけている。
「今どんな気分?」
少女は薄ら笑いを浮かべながら弘人の頭を踏みつけると弘人の顔が完全に床と接触し息がしづらそうな
状況になる。
少女は楽しそうに足を横に動かしたり縦に動かしたりを繰り返しながら口を動かす。
「あんたみたいな鬱陶しい人はこうやって泣いてるのがお似合いよ」
下品な声で笑う少女。
信頼は個室から出て弘人を助けようとするが鍵はかかっていない筈なのになぜか扉は開かない。
開こうとしても開かないが正しい。
弘人が倒れている場所が丁度信頼の入っている個室の目の前で弘人が扉に当たってしまう為
出られない。
少女は再び下品に笑う。
「そのまま死ね」
冷たい最低な言葉を浴びせられる大切な親友を見て今すぐにでも助けたいのに無理やり開けると
弘人が怪我をしてしまう。
何より信頼をこの個室に入れたのは弘人自身であった。
いじめられているのは弘人なのに何故か信頼を守る為に個室に信頼を入れて出られない様にと
わざと扉の前に倒れていた。
弘人を助けたいのに助けられない自分の無力さが許せなかった。
しかしこの時の信頼にできることは何もなかった。
そんな過去の事をぼんやり思い出しているといつの間にか敦が隣に来ており信頼が手に持つその
本を覗き込んでいた。
「いじめねえ…タイトルが随分ストレートだね。よっぽど伝えたいことがあるんだろうね。その本」
信頼は敦の言葉を聞き終えると小さくうなずき本を元の場所に戻した。
そして敦の方へ視線を移すと視界に入ってくるのは不自然なほど自然な銀髪。
染めただけでこんなに綺麗な銀色になるのだろうかと考えていると視線を感じたのか敦も信頼の方を
見ると小さく笑い髪をいじりながら言った。
「やっぱり気になる?」
敦の言葉に信頼は見過ぎてしまっただろうかと申し訳なさを抱きながらも頷くと敦は語り始める。
「昔は普通に黒だったんだよ。中学生の頃突然こうなってね。染めても次の日には元通り
元に戻る瞬間を撮った映像を見た時家族全員で絶叫したよ
まるで色が存在してなかったみたいにスーって消えたんだから」
「なんだか、それ、って…怖い、ですね」
敦の話にサツキが加わってくると敦はそれに答える。
「本当怖かったよ!まあもう慣れちゃったけどね」
「そ、うなん、です、ね」
サツキは楽しそうに笑う。
そこに姫も加わってくる。
「ウチ染めてもすぐ黒くなるからちょっとうらやましい。ほら、プリンっしょ?」
姫は自身の頭を指さす。
その頭は金髪に染まっているが頭皮を中心に少し黒髪があった。
姫は続けた。
「天然で染まるとかラッキー!ってウチなら思うけど就職の時とかやっぱやばいの?
おじさん仕事なに?」
「あ、わたし、も、気に、なる、な、敦さんの、お仕事」
二人の質問に敦は少し驚いた表情をしながらも答えた。
「オレのお仕事?学者…といえばとても頭がよさそうだよね」
「違うの?」
姫は少し難しそうな表情をしながら首をかしげると敦は答える。
「多分…としかね、企業に入っているわけではないんだ。オレの恩師に雇っていただいてるの
その方は大学の教授なんだけどね」
「大学生の、先生って、こと、ですよね、敦さんの、上司さん、頭、いいんです、ね」
「ふーん、凄いじゃんおじさんの上司」
「でしょ!…あれ?オレは?」
「ふふふ」とサツキが笑うと姫は本棚から適当な本を取り出し再び探索を再開する。
サツキも姫に続き本棚を眺め始めると敦は少し寂しそうな表情をしながら信頼に振り返る。
「信頼くんも探索手伝ってくれるかい?」
敦の言葉に信頼は何をあたりまえなことを聞いているんだと考えているとふと自分はこのいじめという
本を手に取った以外何もしていないことに気がつき慌てて頷くと敦は笑いながら信頼の肩を軽く叩き
別の本棚の方へと向かって歩き出した。
信頼も他の本を調べようと適当な本を手に取り軽く捲ったりする。
その様子を横眼で見ながら敦は小さく笑った。
書斎では特に収穫はなく敦たちは再び廊下へと出ると隣の部屋の前へと移動し扉を開ける。
部屋は薄いピンクから濃いピンクで構成されたかわいらしい女の子の部屋だった。
薄いピンク色のマカロンの形をしたクッションに棚、ベッド壁紙すらもピンク入りであった。
「うわ、目ぇ痛くなりそう」
姫は少し、否物凄く嫌悪感のある表情をしながらも部屋に入ると辺りを見渡す。
「ここは、女の子、のお部屋、かな?」
「じゃね?」
サツキと姫は短い会話をする。
「じゃあここも簡単に調べてしまおうか」
敦の言葉に全員頷くと各々興味があるところを調べる。
姫はベッドの下、サツキは棚の中、敦はクローゼットの中。
全員が部屋を調べている中信頼はどこを調べようかと悩んでいると部屋の隅にある大きな鏡が目に入る。
そして鏡越しにサツキと目が合いサツキは慌てた表情をしながら棚の方に視線を戻した。
「ここも特に何もななそうだね」
鏡に映る敦が言うと姫が鏡の前に立ち敦の姿が遮られた。
「全身鏡じゃん。ウチこっちのが欲しかったんだよね。うらやま」
姫の独り言にサツキが反応した。
「姫ちゃん、の、お家は、どんな、鏡、なの?」
「ウチはねミラーシートって言う貼れるタイプの奴でクローゼットの中なんだよね
でもウチはこっちの方で欲しいのあってさあ…あのメール、居場所じゃなくて鏡くれるにしてくれれば
よかったのに」
招待状について文句を言いながら姫は全身鏡を眺める。
そんな姿を見てさつきが笑う。
「姫ちゃん、おしゃれ、だね、わたし、あんまり、気にしない、から」
「めっちゃ気にしそうな見た目してんのに?眼鏡って変わってるね」
サツキの事を眼鏡と呼ぶ姫に信頼はいいのだろうかと心配するももう何度も呼ばれているためかさつき
は気にする素振りはない。
「じゃあ次の部屋に行こうか」
敦の言葉で姫は「はいはい」と返事をすると敦と共に廊下を出た。
信頼も出ようと足を動かそうとするが敦と共に廊下に出なかったさつきが気になりさつきの姿を探すと
さつきは先ほどの全身鏡を見つめたまま動かない。
何かあったのだろうかと信頼は心配な気持ちになるとさつきに近づき肩を叩くとさつきは驚い表情で
振り返り信頼の姿を確認すると笑った。
「びっくり、した、信頼くん、ごめんね、わたし達も、行こ、っか?」
そう言いさつきは足を動かし部屋を後にする。
信頼はさつきが見つめていた全身鏡を見てみる。
しかし特に変わったところはなくフチがピンク色の全身鏡がぽつんと立っているだけで信頼は気にするの
を止めると置いていかれない様に早足で部屋を出た。
誰もいなくなった部屋にポツリと立つ全身鏡に女の子が映ると口を動かした。
「だめよ、だめ!お願いそっちに行かないで!そこにいて!」